昔むかし、あるところに動詞王国という国があり、三人の王子と二人の王女が仲良く暮らしていた。一の王子の名は「話す」。後に五段活用の君と呼ばれるようになる、動詞王国発展の礎を築いた王子であった。二の王子の名は「見る」。王国内で起きている様々な出来事を観察して兄王子に報告し、兄王子を助けていた。後に上一段活用の君と呼ばれることになる。三の王子の名は「蹴る」。後に下一段活用の君と呼ばれるようになるが、この頃はまだ幼く、サッカーの好きなやんちゃな少年であった。そして三王子には妹が二人いて、それぞれ「来る」「する」といった。
さて、動詞王国の一の王子「話す」は、見聞を広めるため、外国を旅し、諸国民と交流することにした。王国の周囲にはいくつかの国があったが、それらの国を訪れるときには、怪しい者だと思われてはならないことを二の王子は知っていたので、相手に合わせた変装をしていくよう、兄王子に進言した。
大勢の見送りに別れを告げ、一の王子「話す」はまず北へ向かった。北にあるのは「ナイの国」であった。この国に入るとき、「話す」は弟王子の助言に従い「話さ」と姿を変えた。すると、「ナイ王」に謁見するときも、ナイの国の民である「せる」「れる」「ず」といった助動詞族と交流するときも、警戒されることなく、自然と溶け込めるのであった。
話さない、話させる、話される、話さず・・・
次に「話す」は、東の「マスの国」へ向かった。この国には、「マス王」の統治の下、「たい」「た」などの助動詞族、「て」「ながら」といった助詞族の他、「すぎる」「合う」などの動詞族も住んでいた。この国を旅している間、「話す」は「話し」と姿を変えていた。
話します、話したい、話した、話して、話しながら、話しすぎる、話し合う・・・
南には「トキの国」があった。この国の王は「トキ王」といい、住民には「こと」「ところ」などの名詞族のほか、助詞族「の」もいた。トキの国を旅している間、「話す」は変装をする必要がなかった。いつもと同じ「話す」の姿で人々と交わった。
話すとき、話すこと、話すところ、話すのは・・・
西には「バの国」があった。この国は「バ王」が強大な権力を持ち、専制政治を行っていた。「話す」はこの国を旅するとき「話せ」と姿を変えた。
話せば・・・
ところで「ナイ」の国には小さな自治領があり、そこには「う」「よう」の民が住んでいた。彼らの暮らしぶりも見ておく必要があると思った王子は、諸国を遍歴したのち、ふたたび「ナイ」の国へと戻った。王子は、この誇り高い「う」「よう」の民と接するときは、彼らのために特に「話そ」と形を変えるのであった。
話そう・・・
さて、王子は諸国遍歴の旅を終え、都に帰ってきた。都に戻ると、王子は変装を解いた。都にはマル族「。」がいたが、彼ら臣民とはいつもの「話す」の姿で接することができたからである。
一の王子「話す」はとても開明的で気さくな、人望の厚い王子だった。しかし、そうは言ってもやはり王子である。彼ら自国の臣民と接していると、時々、自分が王子であることを示すため、威厳たっぷりの態度をとることがあった。そんなとき王子は「話せ」と姿を変え、人々に命令を下すのであった。
一の王子「話す」の開いた、隣国諸国との友好関係は、その後も順調に発展した。弟王子達もそれぞれ諸国の民と交流をするようになり、自分なりの変装術を見出していった。それは兄とは異なる形であった。自分の姿を変えることで他国の民と交流を深めることに国の発展の礎を見出した王子たちは、他の動詞の民たちにもその変装術を伝え広めていった。「着る」「生きる」などは二の王子から変装術を教わった弟子であり、「食べる」「寝る」などは三の王子の弟子である
いつしか、これらの変装パターンにはそれぞれ名前がつけられた。「ナイの国」の民と付き合うときの変装は、「未然形」と呼ばれるようになった。二の王子「見る」の未然形は「見」、三の王子の未然形は「蹴ら」という姿であった。同じく、「マスの国」に話すときの変装は「連用形」、「トキの国」用の変装は「連体形」、「バの国」バージョンは「仮定形」と呼ばれた。また、都にいるときの姿のうち、素の姿を「終止形」、威厳あふれる姿を「命令形」といった。
妹王女達も長じると、それぞれ自分に合った変装術を編み出していった。ただし、二人の王女の編み出した変装術はカ変、サ変と呼ばれ、女性らしく大変に凝った個性的な変装だったので、真似できる者はいなかった。
こうして他国との交易が盛んになり、栄えていく動詞王国の様子を見ていた、遠国の形容詞共和国、形容動詞帝国の民達もこの変装術を研究し始め、ついには独自のパターンを編み出すにいたった。さらには、助動詞族にも、この変装術は広まっていった。しかし、それはまた別のお話、またいつか別のときに語ることにしよう。
この変装術を使い、様々な国どうしで交流が進んだ結果、言葉の世界は一層豊かなものになったということである。
おわり
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