いま、若い人のあいだで、楽しみながら、小説を書く人が増えつつあります。
さらに、パソコンのもつ編集技術力により、長編小説を書きあげてしまう若い作家たちが誕生しています。
前回につづき、小説創作の実践をテーマに、名作から学ぶ創作技法を、具体的に語っていきます。
大学入試で、芸術学部を受験したK子さんの「創作実践ノート」「K子さんから私へのQ&A」「小説創作のための課題および、作品添削」の“三冊のノート”の一部を公開します。“三冊のノート”を軸に、一年間の学習をすすめていきました。
私の指導テーマは、K子さんのクリエイティヴ性を引き出すこと、さらに、具体的な作品創作の造形力を磨き養成することでした。
<K子さんのための創作ノート>より
今回の課題テキスト。アメリカ人作家・カポーティの短編「ミリアム」でしたね。K子さんからの「Q&Aノート」、読後の感想文をもとに、作成しています。
カポーティという作家は、アメリカの名作映画「ティファニーで朝食を」の原作者で有名です。のちに「冷血」という小説が、ノンフィクション・ノベルのジャンルで高い評価を受けます。小さな町で起きた殺人事件について、カポーティは鋭い、作家としての視点で、詳しい取材を重ねます。殺人犯のいる刑務所に何度も面会を重ねて、作品を構築していきます。小説において、綿密で詳細な取材や深い体験が、その作品のリアリティをささえ、作品の質の高さ、完成度をあげます。
作家としての眼が個性豊かに作品にあらわれてくるものです。
「ミリアム」という題名の小説ですが、謎の少女“ミリアム”が、主人公の老女で未亡人のミセス・ミラーの前に姿をあらわします。小説のなかに、“ミリアム”という少女の“謎”を仕掛け、読者は小説のもつ<ミステリー>を追って、ページをめくります。作家の意図です。
作品は、未亡人ミセス・ミラーの、ごく平凡な日常の生活を語るところからはじまります。
小説の文章は、「説明」と「描写」とがあり、「会話」を加えた三つの要素で小説は成り立っています。
「説明」は、ナレーションの役目と考えてみて下さい。
小説の<語り方>が、その作品の方向性やトーン、そして文体のあり方を大きく決めます。その作品の個性となるものです。
K子さんに出した課題。小説の文章とはどういうものか。どういう文章で語られているか。作品のテーマを考え、作家の計算された工夫はどこにあるか、といったことを意図的に読んでいくことでしたね。
小説は散文で書かれますが、ある作家は、散文とは、散歩のように、日常的な言葉で、リズミカルに語る文章だと語ります。
K子さん、小説の文章を、一文単位で読んでみて下さい。一文があり、そして次の一文、さらに前の文とつながっていき、小説の語りの文がシーンをつくり、そしてまた文章のつながりが、次のシーンをつくって、シーンそのものが絵のように動き、ストーリーが生まれ動いていきます。時間軸にそって語りの文が流れていきますが、必要な情報―――作者の意図した言葉、選択した事物だけが語られています。
ミセス・ミラーを登場させると、語り手は彼女に寄り添って物語を語っていきます。ミセス・ミラーが、視点人物となります。
K子さんの質問にあったように、<視点人物>とは、物語<小説>の主軸となって、出来事(事件)を見たり、聞いたり、実感させ、現場を読者に想像させる役目をもつ人物をさします。
「ミリアム」では、ミセス・ミラーの眼を通して、出来事が語られます。作者は彼女の視点で、描写していきます。彼女の視点の移動によって、眼にうつる絵も移動し、絵にも変化が生まれ、立体的な臨場感が迫ってきます。読者には、ミセス・ミラーの心理的動揺も迫って伝わってきます。彼女の心のなかの怯え、恐怖、老人のもつ不安、心細さが読者に伝わるよう意図的に描かれています。老人の孤独、不安、無意識の闇、生きる恐怖、都市の疎外感がテーマとなっている作品だと考えます。カポーティの世界では、雨や雪が降ります。ミセス・ミラーは、何日も雪に閉じ込められます。テーマを肉付けし、具体化させるものが小説です。
夏目漱石「夢十夜」では、ある種の恐怖をテーマに作品を造形しています。
人生そのものが、恐怖心で形成されたホログラムのような作品です。人生を成立させている、心の深奥にある時間とは何か?考えさせられるテーマです。
切りとった人間の生死の時間の秘密は、永遠の謎です。時間の質という次元の謎を解いたとき、人間世界をふくめた宇宙空間幻想は崩壊してしまうのかもしれません。SF世界のテーマではありませんが、漱石の作品にはそれを感じさせる秀作があります。
「夢十夜」の作品で、<一人称一視点(私の語り)>を意識しながら読んでみて下さい。
前回は、<語り手>と<三人称一視点>との距離感が課題でした。
「夢十夜」の印象に残るシーンを切りとって、筆写してみて下さい。いい作品は、シーンを一つ切りとっても有機的な生命力をもっています。シーンそのものに存在感があります。筆写することで、描写力も磨かれます。楽しみ、味わいながら作品を読んでみて下さい。そして物語を自分の言葉で、自分の語りの文章で綴ってみて下さい。
<参考文献>
「夜の樹」(新潮文庫)カポーティ・川本三郎訳(「ミリアム」収録)
「夢十夜」(パルロ舎)夏目漱石 画・金井田英津子
「小説のコツ」(言視舎)後木砂男
雑誌公募ガイドの“小説のコツ”が書籍化される。小説の技術、小説というものの基本がわかる。作者の、小説を書いてほしいという思いが伝わる本。
「小説を書くために読む」(美巧社)尾高修也
リアリティのある文章を語ることで、小説になってしまう純文学の方向を深めていく本。
「物語のレッスン」(青簡舎)土方洋一
<物語>の<語り手>とは何かを学べる本。
「島田荘司のミステリー教室」島田荘司
プロ作家としての文章観が学べる本。プロ作家に向かう人へのアドバイスが書かれている良書。
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