今、高校生や大学生もふくめた若い人たちの間で、小説を書くことが、一つのブームになりつつあります。
今回は、小説創作の実践をベースにおいて、「小説の文章とは何か?」 を語ります。
大学入試で、芸術学部を受験したK子さんの指導ノートの一部を公開します。入試問題で、テーマや字数が指定され、一つの<物語>を創作しなさいといった形式のテストが課せられていました。
担当の出題者の意図によって、年ごとに傾向が微妙に変化し、例を挙げると、<タイトル(題名)>、あるいは<写真>または<書き出しの一文>などの条件が与えられた内容のものでした。K子さんの指導には、<物語>を創作する技術、ものの見方・とらえ方、物語の肉付けとなる文章力、ことに描写力、さらにK子さんのオリジナリティ・創造性に、高い評価が得られるよう進めていきました。
映画のシナリオライター・小説家の夢を抱いているK子さんへの指導ノートを開いてみましょう。
<K子さんのための、創作レッスンノート>
◎課題(枚数制限の短編小説を書く)
<15枚・30枚・50枚の短編を創作してみよう>
・[アドバイス]
一日か二日、あるいは数時間の出来事を、場所を限定し、人生の断面を鋭く切りとったような物語を考える。
構成は、<序破急>・<起承転結>で組み立ててみる。<起承承転結>(童話風)や、<起承転転結>(ミステリー風)のバリエーションにしてもよい。あるいは構成をまったく無視し、ユニークなキャラクター(主人公)を作り、人物を自由に動かして、小さな出来事をつなげ、メインの出来事にいたるような物語を考えてみる。
<短編のポイント>
?ユニークで、魅力的なキャラクター
?魅力的な状況
?魅力的なシーン
初めは三つのうち、どれか一つに重点をおいて、短編物語を効果的に作ってみる。
この物語で、自分は、何を、いちばん、書きたいのか? をつねに考えめぐらすこと。
<ストーリーをつくる>
日常の出来事、友人の話、読んだマンガなどから、ストーリーのアイデアを捜して見る。自分の体験も大きなヒントになる。名作小説のつづきのストーリーは? 名作小説の内容を変えてみる。
<視点人物を考えよう>
ある出来事を見ている視点人物と、物語を語る役の二つを考える。一人称視点では、私役とナレーション役が一つになる。三人称視点では、いくつかの語り方がある。視点とは、すなわち読者の視点となり、それにより、登場人物と読者との距離感を巧みにつくりあげることになる。
<ストーリーを構成するためのシーン>
小説はシーンとシーンとのつながりで、物語が流れていく。紙芝居の要領で、各シーンのカードを作成してみよう。メインとなるシーンはどれか?テーマからずれている無駄なシーンはカットする。シーンを組み合わせ、効果的な構成を考えてみる。
<ストーリーを肉づけるための文体>
自分が描きたい小説<物語>の内容にあった文体を選ぶ。文体とは、物語を語るためのトーンと考えてみる。ホラー調なのか、幻想的なファンタジーなのか、あるいはユーモア小説なのか、ハードボイルドなのか、小説全体のトーン、イメージ、ジャンル、時代や舞台などの背景を考え、効果的な語りにする。
センテンスとセンテンスとのつながりは上手くできているか?パラグラフとパラグラフとのつながりは上手く合っているか?語りのリズムは効果的か?自分の表現を信じ、描いてみよう。
<K子さんのための、創作レッスンノート>は、一年間、継続しました。さらに、「K子さんから私への<Q&A>ノート」を二冊用意し、授業ごとに、交換日記にも似た形で、小説<物語>創作に関する質問に答える形式で、K子さんの創作の可能性の芽を育てる目的で、私なりの工夫をこらし、語りつづけていきました。
K子さんからの質問
Q:先生、小説の文章と作文の文章は、何がちがうのでしょうか?
A:学校で学ぶ作文の文章は、感想や報告を述べた文が主流です。小説の文章は、型にはまった考え方や概念を伝えるものでなく、可能な限り、具体的に、ディテール<細部>を語っていくものです。「いい小説」にするためには、<リアリティ(本当らしさ)>が必要です。中心に、メインのシーンをおいて、まわりを一つ一つ、編み物のレースのように、現実との隙間を、具体的で選びぬかれた言葉で埋めていくことです。そうすることで小説は一つの強烈なイメージが成立します。
言葉で、文章だけで、イメージの世界を読者に伝えられるよう修練することです。
舞台も各シーンも、具体的な描写で肉づけしていきます。描写は視覚をはじめとした五感でとらえ、実感がわくように語っていくものです。細部のつみ重ねが、リアリティをつくりあげます。<リアリティ>がなければ、小説は成立しません。ストーリーに肉付けをし、生命を吹き込むことで、リアリティが生まれてきます。つかみどころのないようなイメージに実感を与えるのが、小説の文章というものです。
作中人物の目がとらえた対象(もの)を、その目に即して語っていく書き方をすること。目の前のものをすべて細かく書き写すのではなく、目がとらえるもののいくつかを選んで描くようにして下さい。
センテンスとセンテンスとのつながりは大切ですが、一文単位では、どの言葉を印象的にさせて描くのか、効果を考えることです。
平仮名と漢字とのバランス、リズムや呼吸としての改行、パラグラフの効果的な使い方が、魅力的な文体を作りあげていきます。
文豪・谷崎潤一郎は、執念ともいうべき修練で、実用的な文章を、小説世界に溶け込ませ、芸術的な文章に昇華させています。語りの文体は、見事なものです。谷崎潤一郎の精妙なディテール、つまり描写力は、鋭い観察力から生まれています。その観察力は、具体的なモデル、舞台や風景、会話をベースにして生まれてきたといわれています。
K子さんの身のまわりの日常を、具体的な言葉でスケッチしてみましょう。日記をつけるように周りの事物を描写することで、ものを見る眼が熟成されていきます。
<小説を書くための、お薦めの参考書>
「必携・小説の作法」(美巧社)尾高修也
「小説書くために読む」(美巧社)尾高修也
小説の基本的な考えと深さが学べる。純文学を深めるには最適。筆者は、大学の芸術学部で文芸小説を指導。主宰している同人誌のレベルは高く評価され、芥川賞候補を複数出している。
「後木砂男の小説のコツ」(雑誌<公募ガイド>コラム)
小説の基本技術が学べる。新人賞下読み人としても一目置かれ、名伯楽と評価されている。
「スーパー編集長のシステム小説術」(ポプラ社)枚條剛(めんじょうつよし)
編集者の視点で小説創作技術が語られている。プロの作家を志向する人の参考書。
「ストーリー創作塾」(宝島社)冲方丁(うぶかたとう)
創作工房の秘密と、創作完成までのプロセスを公開。エンターティメント小説志向の人への参考書。書くことを楽しむためのガイドブック。
「小説家になる方法」(ビジネス社)清水義範
「国語入試問題必勝法」で知られる作家による、創作活動、創作方法のノウハウが語られている。
「作家になろう」(風雲社)ジュリア・キャメロン / 矢鋪(やしき)紀子訳
書くことの本質、自由に書くことの喜び、人生を深く味わう自己表現を語っている。
「高校生のための文章入門」(筑摩書房)
「高校生のための小説案内」(筑摩書房)
文学という宝物を教えてくれる。文章作成の手順もあり、実践的な参考書。
<参考文献>
「文章読本」谷崎潤一郎
「文章読本」三島由紀夫
「文章読本」川端康成
「文章読本」丸谷才一
(四冊とも、文庫化されている。)
「井上ひさしと141の仲間たちの作文教室」(新潮文庫)井上ひさし
「青年期 谷崎潤一郎論」(作品社)
「壮年期 谷崎潤一郎論」(作品社)ともに尾高修也
創作者の視点で、谷崎潤一郎の、小説としての文章、熟練した文章の芸術性を鋭くとらえている。ハイレベルの作家論。
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