前回は、小説の“視点”について講義しましたが、今回は小説の“人物”について語っていきます。
小説とは、人間を描くものですが、実は人間を描き出すために、人間関係を描くものが小説です。小説を書こうとするとき、あるテーマがあり、そのテーマの軸(核)となる人物を考えます。その人物を通して、その作品のドラマ性(葛藤)が、読者の心深くに伝わるよう造形していきます。その軸となる人物は主人公にあたりますが、必ずしも行動力に富んだ派手な人物を設定する必要はありません。
アメリカの名作短篇では、よく平凡な人物を主人公におき、巧みに人間関係をからませていくことで、その人物が立体的に立ちあがり、小説世界のテーマが、読者にいっそう肉迫するという手法をとっています。
また日本の古典「平家物語」では、一人の人物ではなく、滅びの悲運にもてあそばれる平家一門の人びとの姿、平家という家門そのものが主人公となって、栄枯盛衰の哀調の詩を、読者の胸に響かせます。多彩な人物をからませ、男と女との激しい愛憎の起伏を盛り込んで、豊かな色彩の、鮮明な文章で作品を描くことで、物語全体が華麗な絵巻物を思わせます。
一流といわれる作家は、主人公の設定と人物の巧みな関係性を構築することで小説空間を成立させています。
書き手の側にたって、主軸にあたる人物と作中人物の関係性を意識しながら、名作を味わってみて下さい。小説のテーマ性、小説のもつドラマ性の何かが見えてくるのではないかと思います。
小説は、主人公が虚構上の出来事にむかって進みます。その出来事に対する、主人公の<反応と変化>が、物語の大きな重みをもちます。出来事をふくめた人間模様が、主人公の内的葛藤や内的変化そのものが、小説になるのです。
主人公設定にあたり大変重要なことですが、作者は自分の考えや意図したテーマを語らせるために、都合のいい主人公を設定してはならないということです。
主人公が何に目をとめ語るかということは、主人公自身の性格を知る手がかりになります。作者の視点で選ぶのではなく、ある特定の経歴や生活環境や特有の性格をもった主人公が、何に目をとめるかが大切です。作者自身の視点を割り込ませてはいけません。
ヘミングウェイは、この手法の天才的な作家です。彼の客観描写は最高度に精密な主観描写です。ヘミングウェイの外観描写はきわめて厳密な取捨選択の上に成り立っているため、作品にでてくる脇役人物がどんな人間でどんな心情でいるのかが、読者に伝わります。
風景もヘミングウェイの目に映ったものではありません。作者はその場にはいないのです。ヘミングウェイの自己抑制は決して破綻することなく、作品の高い完成度を保っています。
人物の心理描写の一つとして、心象風景があります。人物の心理や葛藤を描く際、象徴的に風景や背景を描写することで、人物に厚みが出てきます。川端康成の「化粧」は、人物を巧みに、あざやかに立ち上がらせています。
最後に、現代小説の短篇の名手による作法書で、小説構築において、テーマ性や主人公や人物関係の設定、舞台背景や趣向の上手さなどが十分学べる参考書を一冊挙げておきます。
<参考文献>
「小説作法」片岡義男(中央公論社) |