前回の、短編小説創作の講義につづき、今回は、小説を造形するための文章<文体>、小説の生命ともいわれる<描写>についてお話します。
小説とは、ドラマ性です。ドラマ性には、物語の外的な事件や出来事があり、内的には、主人公の心の深奥で生じる葛藤(かっとう)、さらにその後の、主人公の内的変化があると前回は書きました。
小説のもう一つのドラマ性。それは作家によって選びぬかれた言葉の力<=文体>にある、ということを今回は講義します。
小説家が描きたい世界を創作するとき、<伝えたいテーマ>が、書く上での<軸>となります。小説を、生きて動いている世界に創造させるためには、読者に、<リアリティ(本当らしさ)>を感じさせる必要があります。小説では、その<リアリティ>を持たせるための武器が、<描写>です。
<描写>は、言葉のもつ力<文体>によって生まれます。
名作とよばれる小説には、その作家独自の文体があるといわれます。
小説を、物語のストーリーとみた時、そのストーリーに肉づけをしなくてはなりません。その肉づけを、<細部(ディテール)>といいますが、その細部に、効果的な描写をすることによって、<リアリティ>を出し、小説を小説らしく造形させていくのです。
<描写>は、小説の命でもあり、映画世界の、映像の手法をも凌(しの)ぐ表現手法かもしれません。
たとえば、老刑事の人生を描きたい小説であれば、その主人公となる老刑事の表情、しぐさや動作、話し方や行動の様子などに、物語としての<リアリティ(本当らしさ)>をにじみ出させなくてはなりません。
老刑事の生々しい匂い、物語世界のイメージ、各場面(シーン)での臨場感など、<描写>という言葉の力によって、読者の意識の深いところに伝えることが可能になります。
小説を創作していくときの描写量(たとえば風景や人物の描写をどこまで細かく、濃くするのか、あるいは淡白に描いたり、省略させたりしてしまうのかの基準)は、やはり、作家の、<作品世界において、伝えたいテーマ>にあります。
<テーマ>に応じて必要度の描写をし、あるいは、必要度の省略をします。<テーマ>が、執筆の<ものさし>になります。
ハードボイルドの先駆といわれるヘミングウェイの名作短篇では、まったく感情表現を入れず、客観描写のみで物語を叙述していきます。
無駄な描写はなく、必要度に応じた細部だけが描かれており、文章も簡潔で、リズムがあり、抑制のきいた文体です。描写と文体について、多くを学ぶことができます。
ヘミングウェイは、省略という手法をつかった天才的な作家かもしれません。対象を細かく描かないというスタイルも、一つの描写法です。
以前、一流作家を担当した名編集者に、小説の話をうかがったことがありますが、一流の作家ほど、作品全体と細部とのバランスがよく、しかも細部が全体と統一され、美しさがあると評していました。 一流作家といわれる人にも、作品の出来具合が悪いときには、編集者は指摘します。
指摘は二つです。
「この部分をもう少し書き込んで下さい。ここは、ばっさりと削って下さい。」と。
編集者は、作品全体の描写のバランスをみます。
ストーリーを生かすための、強烈で効果的な印象を読者に与えられているかどうか、小説空間全体をつらぬいている文体の統一があるかどうかをみています。
小説創作に上達する人は、クリエイターの中に、もうひとりの自分=編集者がいます。
つねに、この作品で<何を>描きたいのか?を、創作作業の過程で問いつづけることです。
受験勉強の合間に、自由な発想で自分の言葉で、のびのびと物語を描き、語ってみてはどうですか。
小説創作のための基礎レッスンをいくつか紹介しておきます。
- 風景や人物をデッサンする。
日常の中の風景や人物で、印象のつよい部分のみを言葉でデッサンしてみる。また、その風景や人物(しぐさや動作、あるいは様子など)の特徴や個性を出すために、どういう言葉をつかって描写すればよいか、工夫してデッサンする。
- 空間や人物を造形する。
架空の場面や人物を設定し、何を描いて何を描かないかを計算し、言葉を選択する。
(例)名医といわれる中年男性の書斎を考えてみる。その部屋を物語に登場させる場合、ドクターの部屋の雰囲気、匂いを出すために、何を描き、何を描かないかを考えて、文章化してみる。
- 意図(テーマ)を持った描写を練習してみる。
(例)若い女性を描写する際に、この女性は美しい容姿をしているが、実は内面は意地悪であるという意図(テーマ)をこしらえ、その場合の描写を工夫し、造形してみる。どういう視点で描写するかを考える。
- 名作短篇(自分の好きな小説家の作品)を選んで味わう。
作品全体と、部分(細部)の風景や人物とのバランスや関わり方を意識して読んでみる。テーマと細部の描写との統一が、どういうかたちでなされているか考えてみる。どういった言葉をその作家が選択し、描写を作品世界に生かしているか、読みとっていく。また、どういったトーンの文章で物語を叙述しているか考えてみる。(文体、文の長さやリズム、漢字とひらがなのバランス、呼吸としての句読点の使い方、改行の工夫や効果を味わいながらつかんでいく。)
川端の『雪国』では、男と女の関係を、ある微妙な感性でとらえています。文章が一気に流れるのではなく、行きつ戻りつしていて、その揺らぎのうちに美しさをそなえた、散文詩のような小説世界を描いています。作家独特の日本的な表現で、繊細で優美な文体をつくりあげています。
21世紀は、個の時代、オリジナリティの時代です。
21世紀ほど創造性がつよく要求される時代はないと感じつつあります。新しい時代に、新しい創造力が待望されています。
文学の世界は、まさに21世紀的です。イチロー的存在が待望されているのです。
あなた独自の視点で、感性で、そして修練で、物語世界を創造してみて下さい。 |