小説とは何か?まず“小説空間”が成り立たなくてはなりません。物語空間と言ってもよいでしょう。<リアリティとして存在しうる宇宙空間>と考えてもよいのかもしれません。いわゆる“小説の体(たい)をなす”というのが最低条件です。
小説というのは、ドラマ性があるかどうかということです。
ドラマ性というのは、外的には、出来事や事件ですが、むしろドラマ性は、その出来事や事件に対しての、登場人物(主人公が軸)の反応と変化にあります。内的なドラマこそが小説になります。心的(内面の)ドラマを、葛藤とおきかえてもよいかもしれません。
また、人間の二面性そのものにも、ドラマ性があります。
たとえば、学校ではおとなしい、まじめで平凡にみえる生徒が、じつは学校外では、シャープなほど切れ味のいい粋な不良をやっていたり、また、ものしずかで気の弱そうな目立たない高校生が、街の路地裏で、ケンカ負け知らずのボクサーだったりするというのも、一つのドラマ性です。
プロの作家が小説を創作するとき、まず、一つの物語が浮かびますが、この物語の何が小説になるのか、つまり、ドラマ性はどこにあるのかを常に考えます。一つの出来事でも、何が小説のモチーフ(素材)になるのかを思いめぐらします。そのドラマ性の一点にしぼり、あざやかに切りとってみせるのが、短編小説です。
短編は、一つのシーンや一つの出来事、一つのセリフなど、感動や伝えたいテーマに、焦点をしぼり込みます。
まず、原稿用紙を30枚から50枚くらいに決めてみて下さい。
プロの作家は、出版社の注文枚数により、物語の構造や手法を計算します。この枚数は、プロ作家に短編が依頼される量で、この枚数が物語を盛り込む器(入れ物)となります。
30枚なら<序・破・急>、50枚なら<起・承・転・結>の構成を考え、ストーリーに合わせてそれぞれの枚数を計算に入れます。
この構成方法は、あくまでストーリーを効果的にみせるための一つの手法で、本来は自由なものです。プロの作家は、何万枚も書き込んできており、どの部分にどれだけの枚数をつかうかは、感覚的にとらえて対処していくようです。
小説は、いくつかのシーンでストーリーを組み立て、ディテール(細部)で肉付けをし、リアリティを創造させていきます。
あなたが生きてきた人生のうち、忘れることのできない一日、あるいは一夜の出来事を想いうかべてみて下さい。
大切に育ててくれた親代わりの、たった一人の祖母が亡くなった夜。また、最愛の彼と、つらい別れをした日のことでもかまいません。
その時の情況、そこにいた人たち、街や窓の外の風景などが、小説の大事なシーンとなります。
その出来事のあった日の、自分の心にこみあげてきたもの、衝撃をうけた言葉、印象に残る感動の風景やシーンがあれば、そこに焦点をあててみて下さい。作者が伝えたいもの(テーマ)を一点にしぼり込み、そこをクライマックスに、しかもドラマ性が成り立つようにストーリーを構成していくのです。
「人生の断面を切りとったような鋭さ」を物語に出すのが、短編です。切れ味こそが、短編の命でもあります。
秀作の短編ほど、物語の空間と時間をしぼり込んでいます。
一つの例で、森鴎外の名作短編「高瀬舟」では、たった二人の短い会話のやりとりの中に、ドラマ性があり、人生の断面があり、人間が生きていくことの重さ、死の意味、肉親や兄弟の愛など、普遍的なテーマを提起しています。
最後に、小説を書く上で、参考となる文章修業の一つを紹介します。
あなたの好きな作家の名作短編を、原稿用紙に句読点や改行などを意識しながら筆写し、作家の文章から、リズムや呼吸を学びとる方法です。さらに音読して、文体の感覚を体で覚え込んでみて下さい。
小説の文章は、作品内容に合わせた作者独自の語り方で、一つのリズムとトーンをつくりあげることによって成立します。不朽の名作には、作家の文体が必ずあります。
小説に、リアリティ(本当らしさ)をつくるために、<描写>がありますが、このことは、次回にゆずります。
自分の語り方(文章スタイル)で、短編の物語を自由に綴ってみて下さい。一つの出来事に架空の人物をからませたり、出来事のシーンを再構成し、主人公の心の葛藤をデフォルメさせたりしてみてはどうですか?あなたの中にある想像力や創造性が、必ず目を覚まします。
<参考文献>
・ 阿刀田高 『短編小説のレシピ』
『海外短編のテクニック』(ともに集英社新書)
・ 大塚英志 『キャラクター小説の作り方』(講談社現代新書)
・ スティーブン・キング 『小説作法』(アーティスト・ハウス)
・ 木村裕一 『きむら式童話の作り方』(講談社現代新書) |