日本家庭教師センター学院は、業界の老舗であり草分け的存在であるが、私にとっては「プロ家庭教師としての自覚を持って指導に専心できる環境」を保障してくれている場であり、その一員であることに常に誇りを感じている。
私の専門は国話であるが、ここ数年は国話に他の主要教科を組み合わせて担当することが増えてきた。その経験から、国語の成績が上がると他教科の成績も上がるという相乗効果に確信を持つようになった。
国諾という教科は守備範囲が広い。
漢字・語句・語意・文法などの知識が総体としての語彙を形成する。培った語彙力が読解を深め文章や音声による表現力を育む。
人は自分の言葉で考える。だから、知らない言葉は使えない。言葉の総体である語彙の力が豊かになれば、論理的に思考する力・理解力・想像力・共感力などが深まり、視野が広がって別の視点も獲得できる。
語彙力はすべての学びの土台となるから、国語力の強化は学習全体に良い影響を及ぼすと考えて実践し、成果を上げている。
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家庭教師を依頼する動機は、学習の遅れを何とかしたい、更なる高みへ飛躍したい、など様々だと思うが、いずれの場合も≪自分をわかってくれて、今の自分に寄り添い共に考え、道を示してくれる人≫を求めているのではないだろうか。そう考え、次の三点を私なりの学習指導の柱として実践している。
一つは、約束したことを守る、をルールとすること。宿題は次回までの約束と考え、守れたら生徒を褒める。生徒は達成感という大きなおまけも手に入れる。相談して決めた学習目標や計画も約束。約束においては生徒と指導者は対等であり、相手との約束は同時に自分自身との約束である、という認識を共有するように心がけている。
もう一つは、よく聴きよく観て生徒理解に努め、何よりも長所を見つけること。長所は更に磨いて、強化する。生徒には「長所は自信の種、弱点は伸び代で向き合えば成長の種」と伝えている。
人として信頼を深め合い、よき指導に活かしたい。
宿題や課題の他にも、学習目標達成のための週間予定表作りなど、自己管理する(自分で考える)領域を徐々に増やしていく。
例えば、小テスト対策として学年を問わず人気のある 『ラスボス作戦』 (=テスト範囲の漢字や英単語などを全問正解できるまで再試、再々試・・・・と続ける)と呼んでいる方法は、やり方がわかれば次は一人でできるし、どの教科にも応用が効く。学び方の伝授と伝受、双方が楽しめるようにしたい。
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学ぶことは楽しい!が私のモットーで、楽しくなければ学びではない、とさえ考えている。だから、出会う生徒には是非とも学ぶ楽しさを知ってほしいと願っている。
そのために、予習を徹底する。主要教科の教科書の内容は大体押さえてはいるが、詳細に調べてその生徒専用の学習指導案を準備する。教科書が意味不明のトリセツに見えてしまうような場合なら、一年間くらいは欲しいと思うが、その条件下で最善を尽くす。山道を熟知した山岳ガイドが登山初心者を目的地まで導くのと似ているかもしれない。
私は、学習効果の高さから音読を活用していて、毎回生徒と交互に教科書を読み合うようにしている。パートチェンジしたり範囲を区切ったり、教料書をこんなに読んだのは初めて、と言わせるくらい読む。知らない言葉に沢山出会うから、辞書を用いて丁寧に説明する。教科書の見え方がほんの少し変わる瞬間が来る。それを手がかりに、一つだけ謎解きすると決めて考えながら音読する。「ここがわからない」もOK。苦しんで一つ確認できたら一つ分の成長がある。
公式を丸暗記するだけでなく、なぜこの公式が成立するのか?どのように考えれば公式に行き着くのか?自分で考える(覚えさせられる、やらされるのではなく)と脳が活性化する。証明済の事柄も、自分で考えて<再発見>できたら新しい視点を獲得できる。それは自分が変わること。わかった時にほっとしたりワクワクしたりするのは、知性が楽しさを感じて喜んでいる証拠なのだ。
学びには、己の無知や無力さと向き合い諦めずに踏ん張る努力が必要だ。立ちはだかる壁に挑む時に人は成長し、学ぶ楽しさを知る。「もう少しだけ無理してみよう」を励ましの合言葉として指導に臨む。
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中学受験で自分の壁を打ち破り、志望校に合格した生徒たちが綴ってくれた手紙から二通、抜粋して紹介する。
この二人にも、それぞれに苦しい時があった。歯を食い縛って虫喰い算に挑んだAさん。大粒の涙を振り払いながら「もう一問」と粘って決して投げ出さなかったBさん。突き抜けた先に「好き」や「楽しい」が待っていた。
この喜びは一生物である。
あれから二人は立派に成人し、各人の本当にやりたいことを見つけて自ら選んだ道を遭進している。