本日の研修では、東京都がスタートさせたスピーキングテストについて試験実施の実際を概観し、さらに試験対策を考えてみたいと思います。様々な問題点が指摘されており今後改善されていくでしょうが、現状どういう状況なのかを報告します。
新しい試みなのでご家庭から問われる機会があるかもしれません。その際の参考になれば、との思いから今回この研修会のテーマに選びました。
<名称と目的>
まず、試験の名称はESAT-J。
English Speaking Achievement Test for Junior High School Students
「使える英語力の育成を目指す」ため、次の2点を試験の目的として東京都教育委員会は挙げています。
(1) | 英語を「話す」技能の習得状況を検証することにより、指導の成果と課題を把握し指導の充実を図る。 |
(2) | 検証結果を活用し、英語を「話す」ことに対する評価をする。 |
上記2つの目的のうち、(2)の具体的運用の一つとして、都立高校入試に使われる調査書点にESAT-Jの評価を加えるということが示されました。
<試験の概要>
試験の概要は、
(1) | 11月下旬にテストを実施し、翌年1月中にはその評価が中学校側に通知される。 |
(2) | 受験者は都内公立中学3年全生徒。評価は都立高校受験に使われるが都立高校を受験しない生徒も試験対象となる。 |
(3) | 会場テストであり、一人に一台タブレットを持たせ、イヤーマフとイヤホンを装着し、問題に口頭で答える形式。 |
試験結果は、ESAT-J評価としてA〜Fの6段階で表わされます。
A: スコア100〜80 |
B: スコア79〜65 |
C: スコア64〜50 |
D: スコア49〜35 |
E: スコア34〜1 |
F: スコア 0 |
ここ2〜3年、都内公立中学3年生を対象にして試験的にプレテストが行われ、昨年令和4年11月27日(予備日は12月)に第一回のESAT-Jが実施され、結果が令和5年1月12日に公表されました。都教委によると、受験者数は69529名、6段階評価のうちの最高評価Aは全体の16.8%、最多評価はCで31.6%、平均スコアは60.7でESAT-J評価としてはCということになります。
問題は、PartA〜Dの4タイプでテスト時間は実質15分程度。問題ごとに10〜30秒ほどの準備時間があります。
PartA・・・ タブレットに表示された英文を読み上げる。 |
PartB・・・ タブレットに表示された絵を見て相手の質問に答える。 |
PartC・・・タブレットに表示された4コマの絵を見てストーリーを話す。 |
PartD・・・ 音声を聞いて、自分の意見とその理由を話す。 |
採点基準は、都教委が定めておりざっくり言えば次の3つ。
(1)コミュニケーションができているか(相手の問いに答えているか)。 |
(2)言語使用は適切か。 |
(3)相手に伝わる音声で話せているか。 |
評価は都立高校入試へ運用される。調査書に記載され、点数化されて調査書点の一部として使われます。
A:調査書点としては20点 |
B:調査書点としては16点 |
C:調査書点としては12点 |
D:調査書点としては8点 |
E:調査書点としては4点 |
F:調査書点としては0点 |
<評価結果の都立高校入試への運用>
調査書点は従来300点満点でしたが、今後はESAT-J評価が上記のように点数化されて320点満点に変わります。学科試験700点と合計して1020点満点になります。
1000点満点から1020点満点に変更になるので、1000点に対してわずか2%に過ぎないというのが私の最初の印象でした。その2%のために何らかの対策をするのはコスパ的にどうだろうか、という印象。
別の視点から見て、調査書点300点に対しての20点増だから6〜7%増加という捉え方もあるでしょう。これを大きいと捉えるか小さいと捉えるかで対応が違ってきます。微妙なところかと思います。
またこんな見方もあります。主要5科においては1科目の評定は5が満点。仮に評定が5であれば調査書点としては23点になります。
ESAT-Jの満点が20点であり23点と大差ないので、主要5科ではなく主要6科の調査書点という感じです。これはこれでESAT-Jの存在感は大きく感じられます。
<試験対策>
次に、試験対策として具体的に必要と考えられることをいくつか挙げてみます。
(1) | 与えられた時間の使い方を細かく指示する。問題を音声が説明している時間(15秒程度)と準備時間(PartA,Bは10秒〜30秒、PartC,Dは30秒、60秒)を合計した時間を実質的な準備時間と捉える。 |
(2) | Partごとの質問の内容を、事前に予想してトレーニングし試験に臨む。プレテストも今回の本番テストもほぼ同じパターンの問題であり、今後も同様な出題が予想される 。特にPartBとPartCは示された絵から得る情報をもとに質問を予想するのはそれほど難しくはないと思われる。 |
(3) | 実際の試験と同様の状況を作って繰り返しトレーニングする。耳をふさいだ状況を作って発声したり、準備時間に音読したりしてみる。耳をふさがれた状況で声を出すのは意外に難しく、声の大きさをどの程度にすればよいかを実感することも重要。 |
<問題点>
様々な問題点が今回のESAT-J実施以前より各方面から指摘されていたにもかかわらず、東京都は試験実施に踏み切りました。
指摘される多くの問題点のうち、ここでは試験の存在意義そのものに直結する問題点を挙げてみます。
(1) | テスト実施状況に関する問題点。故意によるカンニングあるいは不可抗力によるカンニングの可能性がある。
@ | イヤーマフの防音効果に疑問があり、以下のような受験生からの指摘がある。
・「周りの人の声が普通に聞こえた」 ・「自分のタブレットの音量を下げると周囲の声が聞こえる。」 ・「イヤーマフをずらすと声が聞こえる。」 |
A | 一つの会場で前半組と後半組の二組を時間差を設けて試験を実施するので、試験を終えた前半組の生徒の話し声から問題の内容の一部が漏れる可能性がある。(不完全な動線遮断) |
B | タブレットの開始ボタンを押すタイミングを故意に遅くすることで事前に情報を得られる可能性がある。 |
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昨年11月(令和4年11月)にESAT-Jを実際に受けた生徒二人から当日の様子を聞くことができました。二人とも口をそろえてイヤーマフの防音効果はないと言い、周囲の解答する声が聞こえたので焦った、とも言っていました。
(2) | 「不受験者に対する措置」に関する問題点。「不受験者に対する措置」を受けるため、あえて何らかの理由をつけてESAT-Jを受験しない戦略的受験回避の可能性がある。 |
ESAT-Jに関する様々な問題点のうち、最大の問題点がこの「不受験者に対する措置」ではないでしょうか。「不受験者に対する措置」とは、不受験者に対して仮のESAT-J評価(仮想評価とでも言いましょうか)が与えられるという措置のことです。ここで言う「不受験者」と「受験者」を都教委では次のように定義しています。
・受験者: | 都内公立中学3年生全員。受験は義務であって受験しないという選択肢はない。都立高校を受験しない生徒も含む。 |
・不受験者: | 病気、事故など正当な理由で当日受験できなかった生徒。(予備日は12月に一回)国立中、私立中の生徒で都立高校受験をするがESAT-Jを受験しない選択をした生徒。 |
仮のESAT-J評価の決め方
英語学力検査の得点で順位を決め、不受験者と英語学力検査の得点が同じ者のESAT-J結果をそれぞれ点数化し、その平均値により当該不受験者の仮のESAT-J評価を求める。
平均値が | 18以上はA
14以上18未満はB
10以上14未満はC
6以上10未満はD
2以上6未満はE
2未満はF |
(例)
東京都報道発表資料より引用
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/05/26/06.html
この例の場合、不受験者の英語学力検査の順位が38位なので同順位の10人の平均を求めます。
Aが3人・・・20×3=60 |
Bが5人・・・16×5=80 |
Cが2人・・・12×2=24 |
60+80+24=164
164÷10=16.4 →→→→ この不受験者のESAT-J評価はB
こうして、ESAT-Jを受けなかった生徒のESAT-J評価が決まります。
「不受験者に対する措置」に関する問題点についての考察
@ | 何らかの理由でESAT-Jを受験しないで都立高校を受験する生徒には「不受験者に対する措置」により仮のESAT-J評価が与えられる。
つまり、ESAT-J受験のためにそれなりの対策をして努力と時間を費やした生徒と、初めからESAT-Jを受けずに「不受験者に対する措置」を受ようとする生徒がいる場合、公平性を保てない。 |
A | 英語の学科試験で高い得点を挙げれば高い仮想評価を得られるので、敢えてESAT-Jを受験しないで不受験者措置を受ける戦略的不受験者になる生徒が現れる可能性がある。
2022年11月27日実施のESAT-Jでは、約76000人の申請に対して約69000人が受験しました。申請者の約1割が受験しませんでした。公立校から私立校への志望変更組もこの1割の中に含まれるでしょうが、何らかの”正当な理由”をつけて不受験者になった生徒がいる可能性があるのではないでしょうか。 |
B | ESAT-Jについて都教委は、『生徒一人ひとりの「英語を話す能力」を評価するのであって、他の生徒の評価は関係ない』との見解。
相対評価ではなく絶対評価であると言っていますが、仮想評価の算出法は明らかに相対的手法であり他人の点数によって個人の点が決まります。
こんな入試があっていいのでしょうか。 |
C | 都教委によって採点基準が定められ、採点者は事前研修を受けた英語教育関係者であり、複数の採点者によって採点されるとはいえ、採点者による採点の質のブレが生じる可能性は排除できません。 |
D | 仮想評価を算出するための対象者の数が少ない場合、平均点が不安定で偶然に左右される懸念があります。 |
E | そもそも、英語の学科試験の結果とESAT-Jの評価にどのような相関関係があるのか検証されていません。
仮想評価の算出法は明らかに相関関係が高いとの判断に基づいています。
もし仮に、(強い)相関関係があるとしたらESAT-Jのようなスピーキングテストを実施する意味はありません。
逆に、相関関係がないとするなら仮想評価の算出方法はその根拠を失うことになります。 |
<それでも我々家庭教師としては・・・>
ESAT-Jは様々な問題を抱えて今年度から実施されました。今後それらの多くは改善されていくでしょうが、根本的にESAT-Jそのものに対する疑義が払拭されるのは難しいようにも感じます。
それでも我々家庭教師としては、入試制度に即して生徒の受験準備をサポートしていかなくてはなりません。今回のこの研修が先生方のご指導にお役に立つことがあれば幸いです。