[1]愛と笑いが原点
言うまでもないが子育ての原点はわが子への深い愛情である。誰しも動物や鳥、虫でさえ子を育てる親の姿に感動したことがあろう。温かい目線、鷹揚な態度、徹底した奉仕・・・すべて子育ては深い親の愛に支えられる。そしてもう一つ大事なことは笑顔だ。 [2]子供の教育とは − 自ら楽しんで模範を
子供の教育の要は次の3点にあると思う。 @ 知育 これはいわゆる学校などでの勉強を指すが、なるべく本人の自主性を尊重したい。勉強とは本人が自らやるものであり、親が強制するものではないと私は考える。だから「勉強しろ」という言葉は一度も使ったことがなかった。ただ私は自ら本に囲まれた書斎でよく本を読み、勉強する姿勢を見せて模範を示すことは心がけた。私が重視した教育はむしろ以下に述べる「徳育」と「体育」であった。 A 徳育1 感謝の気持ちと思いやり。 B 体育健全な精神は健全な肉体に宿る、というのが私の信条で、まずは体育(スポーツ)を重視した。しかも私は娘が大きくなっても一緒にスポーツを楽しみたいとも考え、小学1年からテニスとスキーを、高学年からは乗馬を教えた。決して強いることなく心から楽しむように心がけた。これが娘との最大のスキンシップとなったと言えようか。共通した観点として、青山学院大学の原晋監督の指導法は斬新であった。楽しむことの強さ、大切さを教えてくれているようで、大いに学ぶところがあった。 [3]両親も仲良く
家庭に笑顔があるということは、両親の仲がいいということである。両親の仲の良さは子供の教育にとって必須である。子供を幸せにするのは高価なプレゼントでも行楽でも、ましてやお金ではなく、仲の良い両親なのである。高橋真麻さんが「うちの両親は本当に仲がよくて」と話すのをよく耳にするが、なるほど父親の高橋英樹さんの教育方針が伝わってくる。彼女にとって「うちのパパとママは世界一」なのだろう。 [4]子供に信頼と敬意を
私は娘が小さいときから、それなりの「敬意」を以て接してきた。敬意というとやや大げさだが、娘に向かい「なるほどそんな風に思ったのね」とか「おー、そこまで出来るの!」とかやり遂げたことにまずは敬意を払って、ほめるようにした。これは信頼をおくと言い換えてもいい。たとえトラブルを起こしても、娘を信ずることから「対処する」ようにした。もちろん間違っていれば正すべきではあるが、頭ごなしに叱ったりするようなことはなかった。信頼されていると自覚すると、子供はそれに応えようとするものである。 [5]いつまでも若々しく
男性は大体40歳後半あたりから老化が始まり、体力も気力も衰え始めると言われる。すると気持ちに余裕がなくなり、怒りっぽく気難しく頑迷になる。もちろん誰しも加齢は避けられない。しかし子供のためにも、自分のためにも気持ちだけは若々しくありたい。 ― 青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う・・・年を重ねただけでは人は老いない。 理想を失うとき初めて老いる − 理想を掲げ、いつまでも青春のままでありたいものである。ときめきを忘れない父親の姿を見せることで、娘が子供を持った時、きっと同じように想ってくれるだろうから。 |
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