■15年後の社会に向けて必要な考え方
大学で職員として、学生を迎え入れる仕事をしていた。その際、大学の学びを自分たちでは発信していても、うまく伝わっていないのかという思いをもっていた。
高校生に「何歳までに結婚したいか」質問すると、95パーセントは「30歳までに」と回答する。論理的な答えではなく、親や周りの大人がそうだから、なんとなくそうするものだろうという漠然としたイメージである。だが政府の予測によれば、現在高校生の女性の4人に1人は一生独身、現在高校生の男性の生涯未婚率は3人に1人に達する見込みだという。つまり、親世代が当たり前と思っていたことがもはや当たり前の時代ではない。
さまざまな業種や職種で、技術革新が進んでいる。写真の現像は、大学や専門学校で知識や技術を学ばないとできなかった仕事だが、その仕事自体が消滅しつつある。長い時間をかけて学んだ専門知識がいきなり役に立たなくなることを、キャリアショックという。
最近の高校生が大学選びで気にすることのひとつが、「どんな資格がとれるか」だ。その背景には「専門的な資格があれば就職は安心なのだろう」という期待もあるようだ。だが実際には歯科医師や弁護士のように、専門職資格の需要は社会によって大きな影響を受けるし、同じ資格を持っていても稼ぐ人と食いっぱぐれる人などさまざまだ。
昔は「将来なりたい職業」への最短ルートを、ゴールから逆算して思い描かせることが進路指導だった。今後はそれに加え、「自分にとってどのような価値基準が大事なのか」も考えさせる必要がある。ゴールへの地図は刻々と変わるので、自分のコンパスに従って進もう、ということだ。進路選びではなく、「進路づくり」という考え方が求められる。
■知っておくべき、大学進学後のミスマッチ
「もしも大学生が100人の村だったら」という、親御さんにとってはいささかショッキングなデータがある。全国の大学新入生を100人の村に例えると、中退12人、留年13人、就職せず30人、早期離職14人、そして(それらをすべて回避した)皆が想像する「普通の」大学生はたった31人。これが日本の大学進学の実態なのだ。
大学進学後にセンター試験を再受験する大学生が、10年前と比べて60倍にはね上がっている。大学中退は年間8万人で、5年前から20%増だ。中退の原因として、文系では目的意識の喪失、理系では学力不足が目立つ。入学学部と本当にやりたいこととのミスマッチがそれだけ顕著だということだ。偏差値やブランド大学の名前を頼りに受験をし、入学後に中退してしまったケースも少なくない。経済的にも時間的にも、本人やご家庭にとってこうしたミスマッチは大きな負担になってしまう。
学士号に併記される「専攻」の名称は、1990年の時点では29種類だった。それが現在は700種類以上に増えている。うち6割は特定の1大学にしかない「オンリーワン学位」だ。ここ20年間、少子化が一気に進む一方で、規制緩和により学部名や学士の専攻名を大学が自由に決めていいことになった。高校生受けを重視し、「この内容は本学でしか学べません」という打ち出しで各大学が受験生を集めようとした結果、却って高校生が学部や大学の中味を把握しきれない状況になってしまったのである。
進学先について調べる高校生に対し、進路指導者は「大学案内を読みなさい」とアドバイスする。ところが読んでみると、どこの大学案内にもほぼ同じことしか書かれていない。ひとりでも多くの志願者を集めようと、耳障りの良い情報だけを掲載するあまり、結果的に似たり寄ったりになっている。実際には各大学の教育にはさまざまな差異があるのだが、それを高校生が読み解くことは難しい。
■高校生が大学・学部を選ぶ上で大事なサポートとは
高校生が表面的なイメージで進路を選ばないよう、サポートが必要だ。たとえば心理学は非常に人気の高い専攻であるが、心理学科への志望動機を問うてみると「消費者心理のマーケティングを学びたい」と高校生が答え、それなら経営学部だろうという対話が生まれたりする。一口に心理と言っても経営学部や医学部(精神医学)、教育学部(教育心理学)などと、高校生が想像している内容によって学部はばらける。漠然と抱いているイメージで思い込んでしまい、専攻が違っていたというケースは少なくない。
大学の教育力の違いを読み解く上で、「データから読み解く(定量情報)」「実際の授業を体験する(定性情報)」、という2つのアプローチが大事だ。たとえば読売新聞「大学の実力」調査などでは、各大学の、学部ごとの中退率などを知ることができる。
また大学の授業形態は、講義、アクティブラーニング、ゼミなどさまざまだ。アクティブラーニングに注力している大学等も昨今では増えている。偏差値ランキング表から、こうした教育スタイルの違いを読み解くことはできない。各大学によって教育スタイルには違いがあるが、それらに絶対の優劣はない。どこが自分に合っているか、どんな価値基準で何を大学に求めるかを考えることが大事だ。自分の物差しで教育力を測らないと、大学は選べない。
NPOと全国の大学が実施している「WEEKDAY CAMPUS VISIT」は、祝祭日などを利用し、普段の大学の授業を高校生が受講できるプログラムだ。入学後の教育スタイルを実感するために、こうした仕組みを活用しても良いだろう。実際の講義やゼミの風景を見聞することは、受験生にとってモチベーションが上がる絶好の契機となろう。大学進学のイメージがわき、高校での勉強の意義を知るチャンスということで、学校行事に採り入れる高校も増えている。
■今後の大学入試について
理想的な一般入試問題とはどういったものか。大学側からすれば、「入試の点数の高かった人ほど、入学後の伸びがよい」というのが、理想の入試の条件だ。アメリカのSATやACTはこうした分析に基づいて作問されており、成績優秀者ほど大学入学後の成績が良いという相関がある。
日本で唯一、以前からこの観点を入試問題に反映させていたのが国際基督教大学(ICU)だ。他大学とは様相の異なる入試を行うことで知られている。リベラルアーツ型の、学部学科に偏らないカリキュラムでどのような学生が活躍できるか、という観点に基づき、入試問題を作成してきた。今後は入試問題を大きく変えると発表しており、その問題例も大学ウェブサイトで既に公開されている。科目の垣根を越えた学力を問う問題もあるが、それがICU的には良問ということなのだ。
2020年以降の大学入試は、制度改革により選別方式が大きく様変わりする。
現行 | AO・推薦 | 筆記型入試(センター含む) |
2020年以降 | 高校基礎学力+AO・推薦 | 学力評価テスト+様々な面からの評価 |
これまでの大学入試は、大きく分ければ「基礎学力を問う一般入試」か、「学力以外の人物評価を中心にしたAO・推薦入試」かのいずれかであった。今後は、「学力も大事だがそれ以外も大事」ということで、両方の要素を含めた総合評価になっていく。
2020年以降の大学入学希望者学力評価テスト(仮称)では、試験結果が素点では出ず、C+などの段階別評価だけになる。したがって大学は、基礎学力に加えた「別の観点」で志願者の合否を決めていくこととなる。
基礎学力が同じ「B+」である2人の受験者の、どちらを合格させるか。この判断基準が、大学によって違ってくる。たとえば同じ理工系の大学でも、数学や理科への関心や経験を評価する大学がある一方で、英語力や留学経験を高く評価する大学があるという具合だ。進学指導の現場でも、「本人がどのような学びを求めているか」「大学側がどのような学生を求めているか」の理解が重要になるだろう。これらがはっきりしないことには、志望校も選べない。
■まとめ
将来安泰の進路など存在しない。受験時の数値より、大事なのは入学後だ。
データでわかることと、体験で身をもって知ること、どちらも大事なのである。希薄な情報・知識やイメージだけで漠然と大学選びをし、後からミスマッチに後悔したり、挫折したりしないためには、親の意見や世間の評判といった物差しだけでなく、「自分の物差し」を持っていることが大事だ。「進路づくり」という意識を大切にして欲しい。
今後の教育改革の方向性は、勉強だけでなくいろいろな体験も評価され、多岐にわたる能力や意欲が求められる。プラス面もあるが、情報収集や戦略に乏しく、手をこまねく受験生も出てくるだろう。家庭教師の皆さん方が、ご家庭・生徒へ具体的な相談にあたられる際に、本日の講演が一助となれば幸いである。
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