今回は中学受験指導のケースの中で、6年生になってから、特に6年の2学期以降など、受験直前に指導を依頼された場合について考えてみたい。
直前指導に限らず、家庭教師の仕事で一番大切なことは生徒と両親の信頼を得ることだ。特に入試が目前に迫った時点で家庭教師を依頼してくる場合は、親子ともに大きな不安を抱えていることが多いので、「この先生なら安心して任せられる」と、最初に信頼感を得ることが不可欠だ。
まだ年齢のいかない小学生の場合、母親の不安や苛立ちがそのまま子どもに伝わりがちなので、まずは母親の話にじっくりと耳を傾けることが有効だ。そして短い期間でどう進めていくか、できるだけ具体的に指導方針を示すようにしよう。
次に生徒の実力を把握することだが、特に塾にも通わず急に受験を思い立った場合は、模試の偏差値にあまり惑わされないように気をつけたい。
内容の理解度より試験慣れしていないことが原因で、偏差値の数字だけが無情に低くついてしまいかねないからだ。
しかし、だからこそ試験会場や本番の緊張感に慣れる意味で、公開模試はぜひ受けさせたい。その辺のところをしっかりと説明して、偏差値の数字イコール実力と思いこんで落ち込まないようにフォローすることが必要だ。もちろん高い数字が出た時は、本人のやる気と自信につながるので上手にほめてあげたい。
目標校は、生徒自身が「ぜひ入りたい!」と強い希望を持っている学校がある時は、どんなに「高望み」に見えても否定しないようにしよう。結果としてはそこまで届かないにしても、実力アップの大きな原動力になるからだ。
ただ、両親とはきちんと話し合い、最終的には本人も納得できそうな堅実な志望校を選定し、学校説明会にはどんどん親子で足を運ぶようにしてもらいたい。
最近指導した実例を見てみよう。
公立中学の評判が悪いという理由から、6年生になってから受験を思い立ったA君の場合は、進学塾にも通い始め、夏休み頃から偏差値52のb校を目標にするようになったが、12月の最後の公開模試の偏差値でも45に届かなかった。しかし、学校見学などを通して、どうしてもb校に入りたいという本人の強い気持ちがあったので、10月、11月頃から過去問対策中心に学習を進めた結果、合格を手に入れることができた。
A君の場合は、模試の試験スタイル、例えば国語では選択肢解答が苦手だったのに対し、志望校の記述式の答案のほうが高得点がとれたというように、試験形式の相性がよかったことが大きな勝因だったと思う。1月に受験した偏差値45のc校はほとんど過去問を見ることなく受験して不合格だったが、2月1・2・3日と願書を出した本命校のほうには1回で合格できたことからも、過去問対策の大切さを改めて実感させられた。
次に、6年の10月から指導を開始したDさんのケースでは、12月までの模試の偏差値は43〜48くらい。しかし本人が受験を決心したきっかけは、偏差値55〜56のe校に入りたいと思うようになったことだった。両親は偏差値51〜52のf校を希望していたが、本人はe校以外なら公立に行くといって断固として譲らなかった。そこでe校f校その他受験する中学の過去問中心に学習を進めたが、最終的にはe校不合格、f校合格という結果だった。
f校には絶対行きたくないと言っていたDさんだが、f校に入学して元気に通っている。受験勉強という厳しい試練を体験したことによって、改めてf校合格の価値と重みが身にしみてわかったのかもしれない。Dさん自身が「もし最初からe校受験を諦めさせられてf校を第一志望にしていたら、f校も受からなかった気がする」と言っていた。
以上のようなことから考えて言えるのは、受験生すべてに共通する必勝法あるいは特効薬のようなものはないということだ。だからこそ家庭教師は一人一人の生徒の特性をつかんで、きめ細やかな対応を心掛けなければならない。
最後に、誰が悪いというわけではないちょっとした落とし穴に触れておきたい。
G君は5年生から受験準備を始め、塾に通い、家庭教師も知り合いの紹介で男の先生をつけた。指導を始めてみると、てきぱきとした優秀な先生で、両親も安心して任せていた。ところがG君は、実は女の先生に習いたくて、男の先生が嫌でたまらなかったがずっと言い出せないでいたという。
そして、受験直前の12月になって、どうしても我慢ができなくなり両親に打ち明け、女の先生に交替してもらって、やっとのびのびと勉強できるようになったそうだ。
この場合、家庭教師個人の資質に問題があるわけではないので、このような失敗を避けるためには、教育相談システムの整った専門の家庭教師斡旋業者に紹介してもらうのが賢明なやり方と言えるだろう。
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