最近、ひょんなことから「学習塾の個別指導」と「家庭教師」の違いについて考える機会があった。それは学習塾で春期講習が行われている時期のこと。英語を教えている生徒のひとりから、予備校の個別授業についての不安を相談されたのだ。
彼が通っている予備校は集団の授業と並行し、各科の個別指導が日に数コマあるシステムをとっている。ところが、個別の先生の中に馴染めそうにない先生がいるのだという。
「どの先生もみんな、だめってわけじゃない。とりあえず、化学の先生は気に入った。とても静かにしゃべる先生で、そこが自分にあっていると思う。英語の先生は……うーん、なんとか我慢できそうな気がする。」
「我慢できるって、どういうこと?」
「文の構造分析ばかりさせられるのがね。」
「構造分析なら、君は得意じゃないか。」
「だけど、そればっかりだからさ……。まあ、大学生になって、自分が誰かに教える時に役に立ちそうだから、いちおう聞いておこうかって感じだけど。ただなあ、問題は数学、数学の先生がなあ…。」
彼によると、数学の先生は彼が問題を解いている間、あからさまに退屈そうな顔つきをするのだと言う。先生の手持ち無沙汰な様子にいたたまれなくなった彼は、焦るあまり簡単なミスを繰り返し、こんな問題も解けないのかと誤解され、以降、ひどく初歩の問題ばかりを与えられてしまった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、その先生もそのうち君の実力に気づくから。」
いくら慰めても、生徒の顔色は曇ったままだ。
「いや、どんな問題を解かされるかなんて、もうどうだっていい。とにかく、あの数学の先生と一年もやるのは、絶対に無理。」
話しているうちに、すっかり先生への嫌気がさしたのだろう。生徒は断言し、「あの先生では数学の成績があがる気がしない。」とまで言いだした。
「別の先生に代えてもらうことはできないの?」
「それは嫌だ。あの先生がクラスの授業をすることもあるのに、悪い印象を持たれたら、これから一年間やりにくいじゃないか。」
彼はもともと人見知りのたちで、質問したいことがあっても、予備校では先生に話しかけることもできないほどなのだ。だが、数学は彼がもっとも苦手とする教科で、数学の成績をあげることは受験の合否に関わる。こちらとしても、教科違いとはいえ、何も聞かなかったことにするわけにはいかない。結局、われわれは一時間も話をしたあげく、次の妥協案に達した。
(1)あと二週間は現状で我慢して様子を見る。
(2)そして、やはりこの先生では無理だと思うのなら、個別の教師を代えてもらうように予備校に申し出る。
ところが、二週間もたたぬうち、この問題はあっさりと解消した。この予備校では、同じ教科でも数人の先生がローテーションで担当をすることが判明したからだ。春期講習の段階では、この生徒は予備校のシステムを知らなかったので、同じ人がずっと続くものと思い込んでいたのである。彼は今、苦手な先生にあたっても、たまのことだと割り切ることで、ストレスを抱え込み過ぎぬようにしている。
上記のケースは、先生との相性が悪く意欲がそがれた場合に、どこまでが許容できる範囲かを端的に語っているといえようが、おそらくはそこが塾と名がつくところの、個別指導における限界点であるのだろう。自分にとって最適な先生を自由に選べない。ローテーション制だとしても、身に入らない先生から教わっている授業は、時間の無駄である。
本学院のシステムのように、相談員が生徒の性格や要望に応じて合う先生を選定し、最適な先生が全面的に最後まで面倒をみるという形ならば、気心も責任も通い、ご家庭も生徒も安心であろう。
生徒が問題を解いている間、生徒から関心が離れる教師というのは論外だ。それにしても…とわたしは思う。塾で個別指導をする教師たちは、生徒との信頼関係を築くのに、さぞかし苦労されることだろう。
壁と机だけの無味乾燥な狭い空間で、連続性が密とはいえない授業をしなければならないのだ。同じ学習塾の話ではないが、個別指導をしたことのある教師によると、時によっては授業開始の十分前になって、「今日は君、あの生徒のところに入って。」などと、室長から言われることもあるという。たとえ、そんなことは例外中の例外であるとしても、塾に来るまでの、そして塾から帰ったあとの、生徒ひとりひとりの生活を想像することは、個別指導の教師たちに容易なはずがない。今時の小、中、高校生たちの、複雑で刻々と変化していく日常生活にあわせ、授業内容を臨機応変に対応させるのも、おのずと限界があるだろう。
しかし、われわれ家庭教師は違う。家庭教師は生徒との間に、もっと深いつながりがある。彼らの家庭環境を熟知しているから、彼らの事情にあわせることもできる。
たとえば、ある生徒が定期テストの準備に加え、英検の受験の予定があり、なおかつクラブ活動の練習も手を抜けない状況にあるとする。さらに、学校からは突発的に提出物が課され、何からどう手をつけていいのやら、わけがわからなくなってしまっている。
そんな時、家庭教師なら各家庭、各生徒の事情を鑑み、それぞれの準備にどれほどの期間や学習が必要かをわりだし、優先順位をつけて整理整頓することができる。各生徒の資質や個性にあわせ、ペース配分をして指導することもできよう。
「総括的に生徒を支える」と「信頼関係」のふたつは、やはり家庭教師ならではのキーワードではないだろうか。 |