はじめに
今回は中学入試の指導にポイントを絞ってお話ししたい。多くの中学受験生を長年指導してきて中学受験指導には特有な問題があると感じている。もちろん高校受験や大学受験の指導と共通する問題もあるが、中学生、高校生とは違う小学生指導の特殊性がある。中学生、高校生に対するのと同様の方法で指導すると時に失敗することもある。中学入試指導は、それだけに指導する家庭教師の工夫や力量が一層問われることになる。
1. 中学受験指導の特殊性
◎ 解法の特殊性
中学入試問題は年々複雑化巧妙化している。入試問題全般についていえることだが、どんな問題であれ、何らかのトレーニングがなければ太刀打ちできない。特に中学受験についてはそれが当てはまる。成長途中の子どもに入試問題を解く能力をつけさせるためには指導者側に相当の労力と創意工夫が必要である。たとえば、算数では方程式を使って指導してはいけない。面積図や線分図、時には表を巧みに使って答えを導くのである。なぜかといえば実際の入試問題では方程式で解こうとすると式が複雑化してかえって解けなくなるように仕組まれた問題も多くあるからである。また子どもの理解力を高めるには方程式の解法は役に立たない。むしろ事柄の関係を見つけて理解させることの方が子どもの学力の伸長にはふさわしい。それに、意外かもしれないが方程式よりも短時間で解ける。家庭教師はこのような解法の特殊性を十分理解して指導していかなければならない。
◎ ご両親の影響、および協力
中学受験ほど両親の影響を受けるものはない。子どもにたいしてよい影響であればよいのだが、時に逆の結果を引き起こしている例もある。父親が中学受験に熱心であり、また同時に指導も自分でしようとするあまり子どものやる気をなくしてしまい、最悪子どもを勉強嫌いにしてしまう場合もある。このような家庭を紹介されたとき、家庭教師がすべきことは少しずつ中学受験の特殊性を両親に教えることである。だからといって家庭教師がご家庭の教育方針を変えるなどと考えてはいけない。子どもの教育を決定する権利は両親にあることは言うまでもない。家庭教師がつとめるべきことは家庭の教育方針に沿った形で受験の情報、入試問題の特異性、子どもの実力の客観的状態を告知し、それをもとにその子にとって最善の方法をご両親とともに考え、指導していくことである。このようにして初めて中学受験指導においてご家庭の協力も得られることになる。ご両親の協力を得られれば自ずとよい結果が得られることになる。
◎ 発達途上の子ども
中学受験生を指導して、時に行き詰まることがある。感受性の鋭い子ども、すぐにかんしゃくを起こして泣き叫ぶ子、気に入らないことがあると話を聞かなくなる子、母親の手に余る子、それぞれ多種多様な子どもたちがいる。多種多様な指導方法が必要なゆえんである。共通するのは子どもたちはまだ発達途上の段階であるということである。指導の行き詰まりも子どもが発達途上であると理解すれば忍耐強く対応していくことが可能である。中学入試が子どもにとって負担になっている場合も多くある。子どもの成長レベルに対応した指導方法を工夫しなければならない。
2. この1年を振り返って
今年指導した中学受験生の中から、2人の指導を振り返ってみたい。
T中を合格した子
「受験指導の前にまず学校の成績を上げること」これがこの子に対する指導方針であった。学校の成績がふつうの子を中学受験まで引き上げるのはかなり難しい。学校の授業の内容を十分に理解せずに受験内容を指導してもむだになるからである。私はまず学校の授業内容の理解を深めるよう指導し、それからその内容に沿って入試問題を導入していった。半年の指導の後、6年1学期の学校の成績で算数はすべて「よい」になった。夏休みからは入試問題の基本レベルを繰り返し練習させた。入試レベルの理解はいつも不十分なので一度教えた内容はそのまま宿題にして練習させた。12月以降は受験校の過去問を加えて同様のことを繰り返した。ご家庭も私の指導方針を理解してくださりよい結果を出すことができた。
E中、I中を合格した子
「算数の成績が下がっているのです。」8月の暑い日母親は私にこう切り出した。この子は学校の成績は問題なく、能力も決して低くはない。しかし成績は下降気味であった。なぜ下降気味なのかを指導しながらいろいろ調べてみると、この子のそれまで通っていた塾に問題があった。塾での理解ができていないのである。時間ばかり多くとっているが必ずしもポイントを押さえてはいなかった。家庭ではときに塾の選択を間違えることがある。こういう場合も家庭教師は適切なアドバイスをする必要がある。私は受験間近であったが思いきって塾を変更させた。その一方で今まで不十分であった入試問題のポイントを独自のプリントで徹底的に学習させた。そのプリントも受験校の出題傾向に絞って指導するようにした。算数の成績も安定してきたが、次は4科目成績のアンバランスが問題であった。算数だけがよくなり、他の教科が思うほどのびていなかった。ご家庭とお話をし、他の教科の勉強時間を増やすように助言した。こうして4科目の勉強時間の割り当てまで指導して、入試では目標の学校に合格させることができた。
3. まとめ
チューターどうしの討論会で「どのようにすれば子どもに宿題をやらせることができるか」という質問が出た。私は一応「一度教えた問題をそのまま宿題にすることがよいと思う。」と答えた。だがこれも一人一人の生徒に応じてやり方は違う。この1年私が持った4人の生徒も私はそれぞれ全く違った気持ちで接してきたし、子どもに応じて多様な方法で指導してきた。チューターは一人一人の生徒に応じて工夫していかなければならない。その工夫の積み重ねによってのみ子どものやる気を引き出し、学力をのばすことができるのである。
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